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zoom RSS 塩野七生著「十字軍物語」3を読んで

<<   作成日時 : 2012/01/12 21:12   >>

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塩野七生さんの「十字軍物語」シリーズを読了しました。第三巻は第三次から第八次十字軍遠征までを駆け足で記述していたように思います。ちょっと慌ただしく読み進めた感も否めませんが、ここでもう一度、第一巻冒頭を読んでみました。それは、そもそも十字軍とは何だったのか、どうして作られたのか?を再確認するためです。

第一章のカノッサの屈辱以降の数ページには十字軍誕生のいきさつがわかりやすく書かれています。「聖地奪還」「聖地解放」というスローガン、それはもっぱらキリスト教国の現実をうまくまとめようとする一方的なアイディア、苦肉の策に思えてなりません。戦があることで、いや聖戦があることで現実の不満が見えなくなり、それは正義に取って代わる。皆がそれに納得し秩序を保つことができる。宗教とは本当にスゴイと思うばかりです。特に人々が貧しさに困っているとき、不満があるときキリスト教は威力を発揮する。

この十字軍遠征によってイスラム世界はどれだけの犠牲を払うことになったのでしょう。一信教は落としどころがなく、自らが絶対なため、両者譲らず、長年にわたる戦争が繰り広げられた。ただ、第8回十字軍遠征後、イスラム世界の経済人たちはこの二百年で西欧とのビジネスのウマ味を知ってしまったとある。小生としてはこの一文が痛快であった。その後のキリスト教文化圏にはオリエントの高級な物産品が入り、特にイタリアでは経済が発達すると共に中産階級が作り上げた文化によってルネサンスが開花し、中世の暗澹たるキリスト教の空気を一掃する。

このようなキリスト教文化圏におけるサイクルは定期的に訪れているように思います。いくら聖戦として人々を一種盲目的にまとめ上げ剣を振りかざしたとしても、宗教の前に、人間の健全な生きる姿が必ず、必然的に訪れているのを歴史は証明しているように思えてなりません。ルネサンスの後には、19世紀中庸からの産業革命、そしていまだに続く中東での問題も、それを解決するのは思想ではなく、現実の健全なる経済活動や人々の交流によって、極度に偏る思想を和らげバランスのとれた国家の姿にするように感じられます。

異なる宗教間の議論は、決して合意できませんから、人間の健全な、誠意ある交流によって、全てではなくとも、和解をもたらしてくれると思いますし、それを強く願わずにはいられません。







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