My feeling(文学、音楽、思想)

アクセスカウンタ

zoom RSS 夢枕獏著「神々の山嶺」(久しぶりに圧倒されました)

<<   作成日時 : 2012/02/22 12:04   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像

先日、東京駅で人を待つ間に本屋で時間をつぶしていましたが、そんな時おもしろそうな山岳小説を見つけました。夢枕獏さんの作品は今まで一度も読んだことがありませんでしたが、帯の故児玉清さんのコメントが素晴らしく、児玉さん推薦の文庫本をこの他にもいくつか買いました。これがその一冊です。

あとがきに著者が書いていましたが、編集者が会話の中で「流行作家の椅子は15しかない。誰かが座れば誰かが落ちる。誰かが落ちれば誰かが座る。結局この椅子の取り合いなんです。」と語っていたとある。そして、夢枕氏はあの山岳小説家の巨匠新田次郎の椅子を次ぐ人であると言うのである。私は、この作品を読んでいる途中から新田次郎の作品をかなり意識しながら読んでいましたし、久しぶりに心躍る山岳小説に出会えて一気にこの2日間で読了しました。この作品は、新田次郎の「孤高の人」「栄光の岸壁」「強力伝」をミックスして舞台をヒマラヤに移し、さらに松本清張の推理小説を伏線として敷いたようなエキサイティングなドラマ展開だと思います。

あらすじは他のネットなどに沢山載っていますからそちらをご覧頂きたいのですが、小生が一番心惹かれたキーワードは、この作品を貫く主人公羽生について簡単に言ってしまえば、「自分が一番でありたいと願う男の話」なのだということです。この表現は誤解を生むかもしれないし、また男の本質を突いているのかもしれない。さらに、現代では、いや社会生活を営む上において、スマートに振る舞うためにはあえてオブラートに包んでいなければならないことなのかもしれない。また忘れた方がいいことなのかもしれない。さらに、「なぜ山に登るのか?」との問いに対し「自分でも分からない」、「私がここにいるから」など主人公や、他の歴史的冒険家のコメントも引用しながら、登山という行為を土台にして男の生きる姿を描ききった作品だと感じました。

一つの目標に向かってあらゆることを犠牲にしていく。そして、やっとその夢を掴みそうになっても撤退を余儀なくされ、肉体的精神的にも限界となる。でも、その男はあきらめない。足がだめなら腕で、腕がだめなら指先で、それもだめなら歯で、それもだめなら、、、死んでも雪の中から目を見開き頂上を睨み付ける。こんな主人公と活字を通して時間を共有していると、感動なんかでは形容しきれない、まさに児玉清氏が帯で記した「呼吸困難になるくらい」の神々しき、いや赫奕(かくやく)たる生命の最期を見たように思いました。




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
夢枕獏著「神々の山嶺」(久しぶりに圧倒されました) My feeling(文学、音楽、思想)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる