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zoom RSS ニーチェ著「アンチクリスト」(あらゆる種類の反自然は悪徳なり)

<<   作成日時 : 2011/04/21 15:19   >>

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今までなぜこの本を読まなかったのだろう。確かにフォイエルバッハの「キリスト教の本質」や反キリスト教関係のものも読み漁ってきましたが、この本はそれら以上に素晴らしかった。内容が具体的でかつ簡潔に述べられています。

具体的に内容を記述しようとしても殆ど全てを書きたくなるので、アンダーラインした中からいくつかピックアップします。まず「神聖」、「彼岸」、「十字架」、「天国」、「最後の審判」、「霊魂不滅」、これらが生み出された教会側の思惑、作戦、すなわちパウロの偽造が繰り返し検証されています。さらに「罪」と「罰」の概念を教会は必要としたこと、そしてこれらを発明した真の目的は支配することであり、権力を手にすることだそうです。さらにキリスト教は病気を必要とした。

ざっくりまとめると、生の重心が生の中ではなく、「彼岸」のかなたへ移され、本能の中にある有益なもの、生を促進するもの、未来を保証するものを奪っていく。そして、、、待てよ、こうして記述している自分が何となく不快な気持になっていく。やはりネガティブな記述はよそう。ニーチェは文頭で「この本は、ごく少数者むきの書物である」と断っていますが、ぜひ多くの皆さんに読んで頂きたいと思います。

ところで、これとは逆にニーチェは仏教を絶賛しています。本文には「マヌ法典」からの引用もあり、キリスト教との比較が多くなされていました。タイトルにも引用しましたが、あらゆる種類の反自然的なものに対して本能的に抱く素直な感想は間違ってないんですね。仏教の教えを知ると、生きることが素晴らしいと本当に思えてきます。そして、生まれ持っている物全てに不必要なものや邪なものはなく、ネガティブにならずに生きることは素晴らしいことですし、このように生きることで他の人々に対しても良い影響を与えることができると思います。キリスト者はまだ仏教の次元まで成熟していないとニーチェは語っていますよ。

ここで音楽家として一つ問わなければなりません。それは西洋の音楽作品の殆どが何らかの形でキリスト教の思想下に生まれ出てきているのを踏まえると、どう向き合っていくべきかということです。小生なりに考えると、作曲者の熱い信念に共感する形での演奏や、一つの教養として、思想として割り切って音楽を再現すること、さらに仏教徒としてアイロニカルに表現することなどが浮かび上がります。個人的にはバッハの「マタイ受難曲」などの作品群は、学生時代に初めて聴き、圧倒され魂が揺さぶられた。でも、学べば学ぶほどその興奮が冷め音楽の素晴らしさだけが不毛に響いているように感じてきている。ヘンデル「メサイア」もである。他にももっとあります。いや、そもそも西洋音楽自体に対しての考えも大分変わってきました。それはさすがにこの場には披瀝できませんが、心から共感して表現することの喜びを常に持ちたいものです。そしてそのことが最も困難な命題に思えてなりません。

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